“話す”と“聴く”から考える介護におけるコミュニケーション

いま、介護の現場では、アクティブシニア層の活躍に期待が高まっていることをご存知でしょうか。仕事をリタイアした後にも地域や他の人のために何かをしたいと考えるシニアが介護の現場で働くことは、人生の先輩として若手の介護職のよい相談相手になる、介護される側の方々と年代が近いことが多いため会話の中で共感しやすいなど、豊富な経験値を発揮できる可能性があります。

ところが「介護の資格や経験がないから」といった理由で介護の現場に携わることをためらう方も多いかもしれません。
実は、介護の現場では資格が必要な業務以外にも、掃除や食事の配膳、利用者の見守りといった「周辺業務」と言われるものがあります。利用者と軽い運動やレクリエーションを行ったり、利用者の話に耳を傾けたりコミュニケーションを取ることも該当します。実は、普段の家事の経験や日常のコミュニケーションを活かすことで、介護現場で活躍することも出来るのです*。

*資格や経験がなくても働ける介護のしごとについてはこちらの記事でも紹介しています。

本記事では、落語家・林家たい平師匠、アナウンサー・町亞聖さんの対談を通じて、介護現場でのコミュニケーションについて一緒に考えていきます。

※この対談は、朝日新聞社主催「ReライフFESTIVAL@home」のプログラムの一つです。

   

<対談者のプロフィール>
・林家たい平(はやしや・たいへい)/1988年に林家こん平に入門。2000年、真打ち昇進。2008年には年度芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。一般社団法人落語協会、常任理事。

・町亞聖(まち・あせい)/埼玉県生まれ。1995年日本テレビアナウンサーとして入社。2011年にフリーに転身。著書「十年介護」を小学館文庫から出版。

   

言葉で感謝を伝えることの重要さ

(町(以下敬称略))たい平師匠のご両親はともに同じ介護施設に入居されていたということですね。施設で働く方々とはどう接していましたか。
(たい平)日ごろからお世話になっている施設の方へのお声がけを大切にしていました。そのお声がけがいずれ両親に返ってくるという思いで行っていました。また、働いている方がリフレッシュできるように、楽器を弾いて一緒に歌ったり、落語を披露したりしました。普段の生活ではなかなか「ありがとう」と言えるタイミングがないですが、介護施設に両親がいたおかげで、心の底から「いつも両親がお世話になってありがとう」と言える機会を両親にもらったと思います。

   

「コミュニケーション」を落語家に学ぶ

   

   

   

(町)介護施設というと身体介助をイメージしますが、実はコミュニケーション部分が重要ですよね。介護業界の人材不足の中で、いま専門職ではなくても、「食事の配膳・調理の補助、入浴の準備や着替えの手伝い」など専門職を支える「周辺業務」という仕事が注目されています。Reライフ読者会議のメンバーへのアンケートでも、周辺業務の中で関心が高かったのは「コミュニケーション関係のお手伝い」や「レクリエーション関係のお手伝い」でした。
そこで、コミュニケーションの取り方に関して、落語の場合について教えてください。
(たい平)落語の冒頭部分のマクラで「今日のお客さんは何を求めてきているのか、どういう話に興味があるのか」を確かめるために、いくつか話題を投げかけます。その反応に合わせて落語もいくつかから選びます。「行く先々の水に合わねば」という言葉があるように、お客様のニーズに合うように寄り添うことが大切です。
話し方についても、立て板に水のように話しているだけでなく、お客様とのキャッチボールが重要です。

(町)落語ではお客様を観察することが必要だということがわかりました。アナウンサーの仕事でも、早口言葉が上手いことよりも「人の話を聴くこと」が重要ですし、観察したり、事前に調べたりすることが重要ですね。
(たい平)アナウンサーや落語家は話す仕事であると思われていますが、聴く力が大切です。「話さなきゃ」ではNGです。受け手側の気持ちがなくなったらだめです。毎年児童館で落語会を行っているのですが、最初は落語を聞かせなきゃと思いたくさん話していましたが、いつまでも子どもたちが騒いでいることがありました。そこで、みんなに話したいことは何かと聞いて、たっぷり声を聞いたところ、満足して私の話を聞いてくれるようになりました。

(町)コミュニケーションとは「双方向のもの」なんですよね。コミュニケーションについて落語の世界においては師匠からも様々なことを学ばれたかと思います。
(たい平)私が師匠から学んだことは「相手を思いやる」ことですね。どうしたら相手は嬉しいか、喜ばれるかを考えることです。自分ができることを押し付けるのではなく、相手の気持ちを想うことを大切にしなさいということですね。しかし「こう思っているでしょう?」という態度も相手に負担になるので、ほどほどが良いですね。

   

おしゃべり下手もその人の個性になる

(町)落語の良さとは、笑いと人情、可笑しみ、皮肉も入っていたり…人を元気にしますね。「笑い」はコミュニケーションに必要ですよね。
(たい平)震災や水害など自然災害で生きるチカラをそがれてしまう場面では、笑うことで生きるチカラになることを知りました。苦しい時にこそ、笑いが心の栄養になると思います。食べることの次に、笑いや笑顔が生きることのチカラとなるはずです。

(町)介護の仕事でも、「笑い」を創ることが得意な人の力が必要かもしれませんね。
(たい平)おしゃべり上手を自称するとかえって相手の方に負担となり、話したいことも話せなくなるかもしれません。むしろ、「上手くしゃべれないのでごめんなさいね」と言った方が、人生の先輩も「大丈夫よ」と言って接してくれるので、おしゃべり下手も困りません。相手に自分の短所を伝えてしまえば、もう短所ではなくなると思います。

(町)たい平さんのアドバイスを聞くと、介護の専門職や周辺業務を目指す方にとっても、大きなヒントになりますね。周辺業務をやってみたいというシニアの方は人生を重ねているからこそ、その経験が仕事でも役に立つと思うのですが…。
(たい平)落語では「大家さんやご隠居さん」のような年配者がおり、困ったときに相談に行く場所になっています。人生経験豊かな方は「これも伝えたい、あれも伝えたい」という思いもあるかもしれませんが、どっしりと構えて、頼られた時に助けてあげるような大きな存在でいて欲しいですね。

   

相手を思いやること。それがコミュニケーションのすべて

(町)介護に関わったとき、コミュニケーションについて実感したことを教えてください。
(たい平)日本には以心伝心という言葉がありますが、言葉で伝えることが重要だということですね。家族でもできないようなお世話をしてくれている施設の方に、「ありがとう」という心からの言葉をかけることが必要だと思います。すると介護職員の方にとって明日からの原動力になり、仕事へのモチベーションに繋がると思います。

(町)人は生きている間、得手不得手に関わらず、人と常に関わっていく必要がありますね。コミュニケーションに一番必要なこととは何でしょうか。
(たい平)どうやったらうまくコミュニケーションできるのか、テクニックやコツのことを考えてはダメです。思えば思われる、相手の心を想うことからコミュニケーションは始まる、ということに尽きます。

   

最後に

対談の最後には、たい平師匠から視聴者へのメッセージとして「資格がなくても、周囲の方に感謝の気持ちをもって、周辺業務で働くことは出来ると思います。大きなことではなかなか一歩が踏み出せないので、小さいことから始めて一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか?」という言葉をいただきました。

対談でもあったように、「相手を思いやり聴く」という日常のコミュニケーションを活かして活躍することが出来る介護の現場もあります。本記事が、読者の皆様が自分の出来ることから介護の仕事に携わろうと思うきっかけとなったら幸いです。

※介護の仕事や周辺業務に興味を持った方はぜひこちらをご覧ください。
アクティブシニアのために介護の仕事の魅力を紹介
周辺業務に従事するReライフ世代を紹介